その時、なぜ自分の気持ちを伝えようと思ったのかは、正直わからない。
ただ、「自分は年を取りすぎているから無理だ」という諦めの気持ちと、
「無理でもどうにかしたい」という想いが、同じくらい強かったんだと思う。
彼女は言った。
「酔った勢いで言うとかダメですよ」
「大丈夫? ちゃんと歩けます?」
(ああ、言ってしまった。明日から普通に接することができるのかな……)
不安が頭をよぎりつつも、“言ったぞ。もう後戻りはできない”という覚悟と、
その先にある出来事へのわくわくに似た気持ちを抱きながら眠りについた。
翌日、時間だけが静かに過ぎていった。
夕食のあとも、いつもと変わらずみんなでお酒を飲みかわした。
トイレに出たところで、彼女と廊下ですれ違った。
「ちょっと、こっちきて」
そう言われて、廊下を挟んだ乾燥室(濡れた衣類やギアを干す部屋)へ連れていかれた。
「昨日のこと、覚えてる? 酔ってて覚えてないでしょ?」
一瞬、とぼけてこの話をなかったことにしようかと迷った。
でも、ここまできて逃げたくはなかった。
「ちゃんと覚えてるよ」
そう答えて、少しだけ笑った。
「昨日、別れたばかりだから……ちょっと、考える時間が欲しい」
「わかった。また、返事聞かせてね」
そう言って、彼女の額にそっとキスをした。
そして、優しく抱きしめた。
不安と期待が入り混じっていた心は、
確信に少しずつ変わっていた。
それから2日ほどたった、ある夜のこと。
私たちの山小屋には、物資の荷揚げ・荷下ろしに使うヘリポートがある。

昼間は業務用の場所だけど、夜には眼下に広がる夜景が見られる、ちょっとした秘密のスポットになる。
その夜、彼女は「夜景を見に行く」と言った。
(もしかして……これはチャンスかもしれない)
そう思った私は、「こんな時間に一人じゃ危ないし、ちょっと見てくる」と言い残し、
すぐに行動に移った。
周囲に「彼女のことが気になっている」と悟られるリスクはあったけど、
そんなことはどうでもよかった。
同期のOちゃんがヘッドライトを手にしていたので、
「貸してほしい」とお願いすると――
「Aちゃん、僕も一緒に行くよ!」
えっ…まったく悟られていない……。
山小屋ではみんな常に一緒にいるぶん、プライベートな時間はほぼゼロ。
人に知られず、二人きりで会うなんて至難の業。
この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「じゃあライトはいいや。一人で行くから大丈夫」
少しだけ邪険に扱ってしまった。
――ごめん、Oちゃん。でも、そうするしかなかったんだ。
夜のヘリポート。
昼間は無骨な資材置き場なのに、
夜になるとそこは、遠くの明かりが静かにまたたく絶景の場所になる。

うっすら月夜に照らされたその場所に、
彼女は、ぽつんと立っていた。
(つづく)
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